1. これまでの泉区,
※農村地帯から住宅地への移行・・・
昭和初期まで境川や阿久和川などの河川地域に開けた農村地帯として発展。その後、昭和14年横浜市に編入されて戸塚区となり、人口増加が進む。昭和26年から横浜伊勢原線(長後街道)沿線におけるスプロール開発が進行し、また昭和51年から相鉄いずみ野線の開通による計画的な沿線開発が行われる。そして、昭和61年に戸塚区が、戸塚・泉・栄の3区に分区し泉区が誕生する。平成11年には、相鉄いずみ野線と市営地下鉄線が相次いで湘南台まで延伸され、これにより東西方向のアクセスが向上しました。
※次第に拡大する市街地 → 人口は45年間で約10倍に・・・
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戦後の都市化の進展に伴い、市街地は徐々に拡大し、平成12年の段階で泉区の人口は、約147000人となっており昭和61年の泉区誕生から16年間で約1.3倍、昭和30年からの45年間では、約10倍となっています。また、一世帯あたりの人員は、減少傾向にありますが、市内では、最も高い2.90人となっています。
2. 現在の泉区の特徴
※横浜市の中で農地面積が最も大きく盛んな反面、昼夜人口比率(区外に通勤・通学する人口に対して、区内に通勤・通学してくる人口)が18区で最も低く、典型的な住宅都市であると言えます。また、区内には、相鉄いずみ野線と市営地下鉄線が整備されており、鉄道駅が合わせて9駅となっており、鉄道の利便性は高くなっておりますが、対照的に、区内の都市計画道路の整備率は、約40%であり、横浜市の平均約60%と比較すると、極めて低く道路整備が立ち遅れた状況にあります。福祉施設については、区内に地域ケアプラザが4ヵ所、老人福祉センターが1ヵ所、老人福祉施設が13ヵ所、保育園が15ヵ所あるなど、充実していますが、その需要に追いついていないのが現状です。
3. これからの泉区
※これからの泉区においては、少子・高齢化や、グローバル社会の進展、ライフスタイルの変化など、様々な社会状況の変化への対応が求められます。人口減少社会が到来する中で横浜市にいたっては、平成18年以降も人口が増加し、平成32年前後に人口のピークを迎えると想定されています。そして、過去の推移から今後も少子高齢化の進展が想定されます。また、地方分権の進展による地方行政の役割の拡大に伴い、地域特性を活かした街づくりを進めるため、神奈川県や横浜市との協働・連携が重要となってまいります。うるおいのある環境は泉区の特性であり、このような環境を維持・保全しながら、交通渋滞の解消や歩行者の安全確保に向けた幹線道路の早期整備を行なうとともに、鉄道とバスのアクセス向上などによる公共交通ネットワークを充実することが、求められています。日常生活においても、誰もが安心して、健康的に暮らせる環境づくりと、災害時に対する安全性や安心感の確保が求められており、将来を見据えた活力のある町の形成していかなければなりません。






